デス・オーバチュア
第263話「邪炎を纏い妖雷を招くもの」



「ふん、喰らうより道具として使った方が役に立つか……?」
いきなり心臓(魂)に食いついてきた白蛇の言葉。
白蛇は緋色の女の姿(人型)をしていた。
「貴様だけは我が世界に属さぬ異物だしな……食中りを起こしては敵わぬ……」
「…………」
何かかなり失礼なことを言われた気がする。
「では、見せてもらおうか、異界の神(剣)の性能(力)とやらを!」
物質的には心臓に、霊的には魂に噛みついていた白蛇(女の右手)が一気に引き抜かれた。



「ヒャハハハハハハハハハハッ! その程度の一撃も見切れねえのかよ!?」
嘲りの哄笑と共に青雷の魔大公ダルク・ハーケンが出現した。
彼は、自分の方に飛んできた漆黒の竜面の盾を受け取ると、盾に貼りついてた左手を引き剥がし大地に叩きつける。
「情けねえな……そんな実力のくせにオレ様の獲物を横取りしてるんじゃねえよ」
ダルク・ハーケンは竜面の盾の首(柄)を両手で握ると、盾を大地へと突き立てた。
「悪魔か……良かろう、欲しいなら持っていくがよい……」
緋色の女は、自らの手を離れた竜面の盾にも、それを略奪しようとしている悪魔にも対して関心を示さない。
「そうかよ、じゃあ、遠慮なく頂くぜっ! ヒャハハッ!」
悪魔は竜面から剣を引き抜こうとするが、盾と剣は分離する気配も見せなかった。
「ああん?」
「悪魔ふぜいに使いこなせるとは思えぬがな……」
別に嘲笑うわけでもなく、本当にどうでもよさそうにそう言うと、緋色の女は視線を自らの左手を切断した超音速の騎士に移す。
「何まだやるの? 別に私はいいけど……セシアがねえ……?」
「そうじゃ、約束通りさっさと代われ! お主が軽い運動以上のことをする気がないのは今の一撃でよ〜く解ったからのう……まったく、いい加減な奴じゃ」
セシアはリセットを後に押しやって、前へと出た。
「ふん、今度はそっちの妖精が相手か?」
「妾では不服と申すか?」 
「いや、そうではないが……そこの騎士に軽んじられたままなのがちょっとな……」
緋色の女は名残惜しそうな視線をリセットに向ける。
「心配しなくてもいいわよ。本気を出してないのは私だけじゃなくて、あなたもなのはちゃんと解っているから」
リセットはそう答えると、自分はもう戦う意志がないことを示すように、黒一色の剣を掻き消した。
「……ということじゃ。リセットと決着をつけたくば機会を改めることじゃな……もっとも……」
セシアの纏っていたストールが白金の長槍に変じる。
「もっとも?」
「ここで妾に殺されてはそれも敵わぬがなっっ!」
「ふっ!」
白金の長槍が突きだされると同時に、緋色の女の白蛇(白く輝く右手)もまた牙を剥いた。



「はい、そこまで〜」
激突しようとした水の妖精姫と緋色の女の間に、一人の修道女が割り込んでいた。
修道女ディアドラ・デーズレーは、白銀の長槍の穂先を右手の指で掴み取り、左手に持った長尺刀『砌(みぎり)』の切っ先を緋色の女の喉元に突きつけている。
「くっ……ええい、離せ、離さぬかっ!」
「……土塊か……それもかなり風変わりな……」
「いい加減この辺で幕引きとしない?」
それは提案、限りなく命令に等しい強制力を持った提案だった。
「戯け! いきなり湧いて出てきて何を勝手なことを……」
「あら、どうしても暴れたいなら、代わりに私が相手をしてあげましょうか、セシアちゃん?」
ディアドラの金色がかった緑色の瞳が妖しく光る。
「ぬぅっ……」
セシアが気圧されたように後退ると、ディアドラはあっさりと白銀の長槍を手放した。
「…………」
不満げな表情をしながらも、セシアは白銀の長槍をストールに戻す。
「解ってくれて、お姉さん嬉しいわ〜」
ディアドラは優しげに微笑むと、砌を鞘へと収めた。
「誰がお姉さんよ……」
「あら、アリスちゃん居たの?」
「態とらしい……」
「はい、ヌーベル(新しい)アリスちゃん、ヴュー(古い)アリスちゃんにご挨拶〜」
砌と入れ替わりに出現させた金髪人形(ヌーベルアリス)にペコリとお辞儀をさせる。
「誰が古いよ、古い……勝手にひとの人形創らないでよね……」
アリスが呆れと疲れを吐き出すように嘆息した。
「そして……」
ディアドラは緋色の女に流し目を向ける。
「こちらはなんとお呼びするべきかしら? 緋色の女? 赤い衣の魔女? 魔術の力を吹き込まれた女? 芳香のある女? 大淫婦……アカ……も!?」
いきなり光り輝く白蛇が出現しディアドラの顔面を噛み砕きにきた。
ディアドラは体をそらして、白蛇の牙から逃れる。
「なるほど、呼び名か……確かにないと些か不便だな……」
白蛇の正体は、突きだされた緋色の女の右手だった。
「……光輪に輝く蛇”(アブラクサス)か……怖い怖い〜」
「ふむ、それはどちらかというとコレの呼び名だな……」
ディアドラの呟きに答えるように、緋色の女は右手を蛇の口のように閉じたり開いたりして見せる。
「おい、ディアドラ!」
少し離れた場所で、竜面の盾と一人格闘していたダルク・ハーケンがディアドラを呼んだ。
「なぁに、ダルク? あ、そういえば名前で呼んでくたの初めてかしら? いつもはてめえとか……」
ディアドラはとても嬉しそうな顔をする。
「ああっ!? んなことはどうでもいい!」
反対にダルク・ハーケンの方はとても苛立っていた。
「この前てめえが言ったことは本当なんだろうな?」
「ええ、今あなたが手にしている剣こそ異界竜皇剣(いかいりゅうおうけん)……魔皇剣すら凌駕するこの世で最強の牙(力)よ〜」
アンブレラの魔皇剣を欲したダルク・ハーケンに、それ以上の剣である異界竜皇剣の存在を教えたのは他ならぬディアドラ・デーズレーである。
「最強か……いいね……それでこそこのオレに相応しい剣だ! ウオオオオオオオオオオオオオッ!」
ダルク・ハーケンは再び全力で竜面の盾から剣を引き抜きにかかった。
「ふん、悪魔よ、助言してやろう。その剣は誰でも使えるモノではない……剣の体か心を完全に『屈服』させて初めて使用が許されるのだ」
「はっ! アドバイスありがとよっ! ヌオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
さらに力を込めた瞬間、ダルク・ハーケンの全身が暗い赤炎に包まれる。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
体を灼く赤炎に構わず力を込め続けるダルク・ハーケンに、今度は天から暗き妖雷(ようらい)が降った。
「アハハハハハハハハハハハハッ! いいねいいね、可愛い抵抗だ!」
天から何度も何度も赤雷が降り直撃するが、ダルク・ハーケンは楽しげに嗤う。
「泣こうが喚こうがてめえはもうオレの女(物)だ! フラックスディシクレイション! 魔装雷(まそうらい)!」
ダルク・ハーケンが懐から取り出した黒い宝石を竜面の盾に叩きつけると、青き雷光の爆発が彼の姿を呑み尽くした。



「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
悪魔の哄笑と共に青き雷光がゆっくりと消えていく。
「ヒャッハァァッ!」
電光が完全に消えると、雷魔装を纏ったダルク・ハーケンが姿を現した。
いつもの雷魔装と違うのはその左腕である。
手首から肘にかけて竜面の盾が貼りついており、左腕側だけがやたらとごつく禍々しい装甲で覆われていた。
「無茶するわね。抜けないからって、そのまま異界竜皇剣を雷魔装(鎧)の中に取り込むなんて……」
「ふん、だがそれでは盾としてしか使えぬのではないか?」
緋色の女の右手に炎が宿る。
彼女に相応しい鮮やかな緋色の炎だ。
「試してやろう……The Serpent!」
右手から解き放たれた緋色の炎が、大蛇となってダルク・ハーケンへ襲いかかる。
「はっ!」
ダルク・ハーケンは鼻で笑うと、漆黒の盾(左手)を前面にかざした。
緋色の炎蛇は漆黒の盾に喰らいついた直後、弾けるように四散して消滅する。
「盾としてしか使えない? オレ様を舐めるんじゃねえよ!」
盾の尖端(左手首)から、漆黒の剣刃が飛び出すように生えた。
「ほう……」
緋色の女が感嘆の声を漏らす。
「使い方だって解るぜ」
ダルク・ハーケンが左手を天へとかざすと、漆黒の剣刃が3m程に伸び、中央に脈打つ血のような赤い線が刻まれる。
「消し飛びな!」
雲一つ無い夜空から赤い妖雷が剣へと降り、ダルク・ハーケンは剣を振り下ろして妖雷を緋色の女へと放った。
「ふん!」
緋色の女だけでなく、ディアドラ、リセット、アリスを抱きかかえたセシアも巻き添えを喰わないようにその場から飛び離れる。
妖雷が叩きつけられた無人の大地が派手に消し飛んだ。
「……我とよりは波長(気)が合っているようだな……」
「当然だろう?」
緋色の女の目の前にダルク・ハーケンが出現し、左手から伸びた漆黒の剣刃に赤く暗い邪悪な炎が宿る。
「燃え尽きなっ!」
「ふっ!」
薙ぎ払いに来た邪炎の剣刃に、緋色の女は白く輝く右手を叩きつけた。
緋色の女は弾き飛ばされ、右手が邪炎によって犯され(燃やされ)ていく 
「はっ! 燃え尽きるのを待つ必要はないぜ」
ダルク・ハーケンが再び左手(剣)を天へとかざすと、赤い轟雷が落ちた。
赤き轟雷は休むことなく天から降り続け、漆黒の剣刃に際限なく蓄えられていく。
「今度こそ跡形もなく消し飛びな! ディアボリカルブリッツゥゥッ!!!」
ダルク・ハーケンが剣を振り下ろすと、蓄えられていた妖雷が緋色の女に向かって一気に解き放たれた。
「ディアボリカルブリッツ(極悪非道の雷撃)か……」
緋色の女は、唇に塗りつけてある薄紅を右人差し指で拭い取り、その指で虚空に赤光の『逆七芒星魔法陣(リバースヘプタグラム障壁)』を描き出す。
極悪非道の雷撃が七星魔法陣に正面から激突し、赤い電光の爆発が全てを呑み込んだ。



「付属の力じゃ、まあこんなもんか?」
地上に降り立ったダルク・ハーケンの左手の剣刃が1mまで縮み、中央の赤線が消える。
「……邪炎を纏い、妖雷を招く漆黒の竜か……」
赤き電光が晴れると、変わり果てた姿の緋色の女が姿を現した。
右腕が肩から消し飛んでおり、リセットに切り落とされた左手と合わせて、かなり無惨な姿である。
「けっ、仕方ねえな……『オレ自身の力』も使うか?」
ダルク・ハーケンは面倒臭そうな表情を浮かべていた。
「ああ、そうした方がいいぞ、我を完全に滅したいのなら……なあっ!」
気合いと共に、緋色の女に新たな左手と右腕が生える。
「やっぱり、その気になればいつでも再生できたのね」
緋色の女の背後に、彼女の左手を切り落とした張本人であるリセットが立っていた。
「今の我の力は有限なのでな……できるだけ無駄遣いはしたくないのだよ」
そう言いながら、新しい両手を試し慣らすように、握ったり開いたり、手首を振ったりしている。
「……さて、次は我が攻撃する番か?」
緋色の女の全身から、凄まじい白光(白き闘気)が噴き出した。
「へっ、やっとやる気になったかっ!」
「ああ、『殺る気』になったとも……」
白光を纏った緋色の女が螺旋を描きながら天へと駆け上っていく。
「先程の『損失』は貴様の魂で償ってもらうぞ!」
「ああっ!?」
ダルク・ハーケンの視界を白い閃光が埋め尽くした。
閃光の正体は、白光でできた巨大な白蛇の口内。
その正体を認識することもなく、ダルク・ハーケンは白蛇の中に呑み込まれてしまった。
巨大な白蛇はそのまま高速で地を這いながら、薄れるように消えていく。
「ほう、よくぞ受けた……」
白蛇が完全に消えると、ダルク・ハーケンの左手(漆黒の盾)に、右手の五本の指を『喰い』込ませた緋色の女の姿が露わになった。
「いきなり悪魔(ひと)の心臓を剔ろうとするじゃねえよ……この蛇野郎!」
「ふっ、蛇野郎は酷いな……」
緋色の女は楽しげに微笑うと、ダルク・ハーケンから飛び離れる。
「ああ? 悪かったな、一応てめえも女か……じゃあ、蛇女って呼びなおしてやるぜっ!」
左手の剣刃が再び3m程に伸びると、中央に脈打つ血のような赤線が走った。
「邪炎点火(イビルイグニッション)!」
ダルク・ハーケンは剣刃に赤暗い邪炎を宿らせると、緋色の女へと斬りかかる。
「ふむ」
「がああっ!?」
緋色の女が唇につけていた左人差し指を振り下ろすと、ダルク・ハーケンの胸が左斜め一文字に切り裂かれ鮮血が噴き出した。
「なめるなあぁっ!」
ダルク・ハーケンは胸の激痛に構わず、邪炎の剣刃を振り下ろす。
緋色の女は地を滑るように後退して、邪炎の剣刃をギリギリでかわした。
「オラオラオラオラァッ!」
「ふん、素手では流石に分が悪いな……」
ダルク・ハーケンは邪炎の剣刃で何度も斬りつけるが、緋色の女はその全てを紙一重で回避し続ける。
「だったらこれならどうだああぁっ!」
薙ぎ払われた剣刃から邪炎が解き放たれ、紙一重で剣刃から避けた緋色の女を追った。
「くっ!」
緋色の女は白く光り輝く右手で、邪炎を『噛み砕く』ようにして消滅させる。
「たくっ、何でもありかよ、その白蛇は!?」
邪炎に緋色の女の注意が向いた一瞬の間に、ダルク・ハーケンは彼女の上空に移動していた。
そしてそのまま、邪炎の燃え盛る剣刃を振り下ろしながら降下する。
「つっっ!」
回避が間に合わないと判断した緋色の女は、白光を放つ両手を頭上で交差させて『受け』の体勢をとった。
轟音を響かせ邪炎の剣刃が、緋色の女の交差した手首に叩きつけられる。
圧倒的な負荷がのしかかり、緋色の女の両足は大地に沈み込んだ。
「けっ、しぶとい野郎だぜ!」
ダルク・ハーケンは空へと飛び離れると同時に、天から赤き妖雷を漆黒の剣刃(左手)へと降らせる。
「肉片も残さず消し飛びやがれっ!」
漆黒の剣刃が振り下ろされると、邪炎と妖雷の混じった超巨大球が撃ちだされた。
「ちぃっ!」
舌打ちすると、緋色の女は左目の眼帯に手をかける。
「ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
激突した超巨大球が弾け、地上は邪炎と妖雷に蹂躙され、空には悪魔の哄笑が響き渡っていた。














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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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